こーし

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こーし さんの投稿


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とり天は神である

2026年8月訪問

人間というものは、腹が減ると、ずいぶん素直になる。やよい軒のとり天定食を前にした私は、日頃の虚勢など、もうどうでもよくなった。薄い衣をまとった鶏肉は、噛めばやわらかく、湯気とともにささやかな幸福を吐き出す。たれをつけ、ご飯を頬張る。しかも、そのご飯はおかわりできるという。救いとは案外、こういう場所にあるのかもしれない。私は少し恥じながら、二杯目の茶碗を差し出した。

3週間前
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やよいん

2026年7月訪問

私はやよい軒に入ると、なぜだか少しだけ許されたような気持ちになる。焼き魚も生姜焼きも、黙って湯気を立て、私のような者にも平等に差し出される。しかも、ご飯はおかわりしてよいという。人生では遠慮ばかりしてきたのに、ここでは茶碗を差し出せば、また白い飯が与えられる。その親切がありがたく、同時に少し悲しい。私は今日も、満腹だけを理由に生き延びる。

1ヶ月前
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かれい

2026年7月訪問

私はカレーを食べるたびに、人間もまだ捨てたものではないと思う。鍋の中では、肉も玉ねぎもじゃがいもも、それぞれの形を失いながら、ひとつの味になろうとしている。まるで弱い者同士が身を寄せ合うようで、少し悲しく、ひどく温かい。辛さに顔をしかめながらも、白い飯と一緒にまた口へ運んでしまう。幸福とは、案外こういう、逃れようのない一皿なのかもしれない。

1ヶ月前
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うどん

2026年5月訪問

うどんという食べ物には、どこか人生の敗残者を慰めるような、妙なやさしさがある。華やかな料理ではない。寿司のような威厳も、ステーキのような傲慢さも持たぬ。ただ白く、静かに湯気を立て、疲れた人間の胃袋へ、するすると滑り込んでくるのである。私は時に、人間よりもうどんの方が信用できるのではないかと思う。熱い出汁に浸された一本一本が、「まあ、そんなに思いつめるな」とでも言うようで、なんとも情け深い。殊に冬の夜など、うどんを啜る音だけが、この世に許された小さな幸福のように感じられるのである。

3ヶ月前
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なん

2026年5月訪問

ナンというものは、どうにも人を甘やかす食べ物である。私は最初の一枚を食べ終える頃には、すでに十分満たされているはずなのに、「おかわりできますよ」と店員に微笑まれると、断る勇気を失ってしまう。もはや空腹ではない。ただ、焼きたての湯気を立てる白いナンを見ると、自分の意志の弱さを試されている気がするのである。 ふわりとして、しかも妙に手になじむ。カレーを掬えば、たちまち幸福な気分になる。私は人生について深刻に悩んでいたはずなのに、気がつけば「次は少し小さめでお願いします」などと、実に卑小な交渉をしている。人間の苦悩も尊厳も、案外ナン一枚の前では無力なのかもしれない。

3ヶ月前
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パリエトワール

2026年4月訪問

ナンおいしい あの焼きたての香ばしさとふわもち食感。外側はほんのりパリッとしてるのに、中はしっとりしていて少し甘みがある。この甘みがスパイスの効いたカレーとめちゃくちゃ相性いい。 次に、バターやギーのコク。表面に塗られたバターがじんわり染みて、噛むたびにリッチな風味が広がる。これだけで単体でも普通に美味しいレベル。 あと忘れちゃいけないのが、タンドール窯で焼く独特の香り。高温で一気に焼くから、ほんのりスモーキーで、家のオーブンじゃ出せないあの風味が出る。 最高!

4ヶ月前
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